「まだ使える」「何かに使える」は本当にものを大切にすることになっているのか
捨てられない気持ち
・まだ使えるしもったいない
・何かに使えそう
・ものは大切にしないといけないし
・いただきものだし
捨てられない気持ちってこんな感じかなと思います。
そうなんです、捨てられない気持ちってスタートは「ものを大切にする気持ち」なのです。
でもそうやって「まだ使える」「なにかに使えそう」なものを家に置いていると、「ものを大切にする気持ち」が逆に薄れるという事がおこってくるんです。
「えーそうなの、どうしてそんなことがおこるの???」
それは、こんな風に考えるとわかります。
大好きなものに囲まれるのが理想の生活
「大好きでいつも使っているもの」に囲まれる生活は、なんとなくウキウキして、大事なものだから、使ったら元にもどさないとね!という気持ちも生まれてきます。
でも、さっきから出てきているキーワード
- まだ使える
- なにかに使える
このようなものは実際には使っていますか?
「うーん、いや、使おうとは思っているのよ、でも今は…使っていないかもね」
じゃあ、大好きで仕方ないものですか?
「いや、別にそんなに思い入れがあるわけじゃないよ」
じゃあ、”大好きでいつも使っているもの”に囲まれる生活っていいよねーって話をさっきしましたが、それらは「大好きでもない普段使っていないもの」になっちゃいますよねー
「…そうか、そういうものに囲まれちゃうってことになるのか」
気持ちが離れたものに囲まれるとどうなるか
「捨てられない」と言って、とっくに気持ちが離れてしまっているものが、どんどん増えてくるとどんなことが起こるかというと↓↓こんな感じなのです。
大事な物…●黒丸
まだ使える物…○白丸 とします。
こんな感じで、大事なものが「まだ使える物」に紛れていく。
すると、どこにあるか分からなくなったり、
大切な物のはずなのに、持っていることも忘れてしまったり、
大切に思う気持ちが薄れてくる。
実際私も、大事な物のはずなのに、だんだんと扱いが雑になっていった。
床置きしたり、あると思う場所を見ても見つからなかったり、他のごちゃごちゃしたものと、同じ扱いになっていった。
あれーーおかしいなあーー物を大切にしてるつもりなのに、ちっとも大切にできてない。
こんな感じの状態でした。
「まだ使える」「なにかに使える」ものは、「本当に使える?」ともう一度確認して、その数を減らしていくと、本当に大切な物が見えてくる。
「そうかーーーーー本当だーーーー。私はものを大事にしてるつもりだったのに、大事なものまでおろそかにしてしまう行為だったんだね、捨てられないって」
そう。
「本当のものを大切にする気持ち」は、ものを愛して、大事に使ってあげることなのだ。