自分と、子どもとの違いを認めることの難しさ

お片付けが苦手な人、子どもが片づけてくれなくて困っている人のお手伝いをしたい!!
兵庫県の整理収納アドバイザー2級認定講師久保ふみ子です。ただいま親・子の片づけマスターインストラクターを目指して勉強中!
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子どもは自分とは違う人間なのだ

「そんなのあたりまえ」って思うかもしれないが、それを自覚するのはとても難しい。

先週、親・子の片づけインストラクターマスター候補生の同期で集まって、広島で勉強会をした。
その中の1シーン、講座の中で質問があったときにどう応対するか、というロープレをしていた時の話だ。
「どうせうちの子はやってくれない」という悩みに対して、同期の新谷のゆみちゃんが対応していて、「できない事に目が行ってしまうけど、お子さんのできることをはどんなことですか?できることを探してみてください」と、サラッと言った。これってとてもスゴイことだなと思った。

子どものいいところを探す

自分にはできなかった、でも子どもにはできること。それを探す。たったこれだけの事だけど、それがまさに「自分と子どもとの違いを知る」つまり、「子どもと自分は違う人間なのだと自覚する」なによりもの近道なのだ。
その時に思い浮かんだのが、少し前に私がTwitterの海をさまよっていて、みつけたひとつのツイート(Twitterの海に紛れて探せなくなってしまったのでニュアンスです)

「発達障害の息子が、自分が子どものころできていた事をできないと、そんなことを求めても仕方ないのが分かっているのに、ついイライラしていまう。でも、栗原類くんの本を読んで、類くんのお母さんがやってきたこと、考えてきたことを知って、楽になれた。自分と違う人間なんだって改めて納得できた」

それを見て思ったことは、「子どもと自分は違う存在」という事を自覚しやすいと思われる、「わが子が発達障害」というキーワードを持っている人ですら、自分との違いをなかなか認められなくて悩んでいる。なら、そういったキーワードを持たない人が、自分と子どもとの違いを自覚するってひどく困難なのではないか。という事です。

「うちの子はあれもできない、これもできない(自分が子どものころはできたはずなのに)」
わたしも少なからずそう思っていた。
あることをきっかけに違いを自覚するようになったけど(その話はまたいつか)

子どももひとりの人間として、人格は尊重されるべきである

だから、自分との違いを探すのだ、自分(親)のできなかったことができる部分を探すのだ。

●いつも周りに気を配ってくれて、誰かがお茶をこぼしたら誰よりも先にふきんを持ってきてくれる。

●音読が上手で、いつも情景がうかぶようだ。

など。
「できないこと」もたくさんあるかもだけど、できることもたくさんみつかる。子どものことを好きになる。

興味がでてきたので、栗原類君の本を読んでみました。

読み始めてすぐにわかることは、これは彼の言葉を誰かが聞き取って、文字に起こしたのではないということ。
内容がひどく断片的なのだ。
小さいころの記憶は特に、5行~半ページでひとつのかたまりで終わる、「発達障害」ゆえの、困ったことの羅列である。

「こんなことが困った、でも母のおかげで助かった」

「こんなことが困った、でも友達の存在で救われた」

「こんなことが困った、でも長い間かけてうまくできるようになった」

「こんなことが困った、ずっと克服しようとしているけど、まだ克服できていない」

ものすごい数の「困った」に、彼の今の社会での生きにくさが浮き彫りになる、生の声。
発達障害の症状も人によって千差万別だろう、困ったことが世の中にいくつあるのか想像もつかない。
困ったことは発達障害でなくてもたくさんたくさん。うまくいかない、なじめない、上手にできない、大人がなにを求めているのかわからない。

困っている時に「どうしてできないの!」ではますます困ってしまう。
この本は、類君の「困ったこと」が書いてある間に、「お母さんがどうしてきたか」が挟まっています。

子どもと親は別の個性を持った人間だと理解する

この本の中にこんな章があります。
この章のタイトルを見たときに、私がこの本を読もうと思った直観は間違っていなかったと思いました。
そこに書かれていたのは、

自分がこだわるのは「自分がたやすくできる事、好きなこと」で、自分がどうでもいいと思う事は「自分が苦手な事、好きでない事」で、それが家族間で違うからもめるのだ と。

自分の好きなことを相手にも求めていないか。と自問自答。

自分が苦手なことを強要されたら辛くないですか。

相手が得意なことを探してそこからなにか切り込めないか。

ここで新谷のゆみちゃんの「できない事に目が行ってしまうけど、お子さんのできることをはどんなことですか?できることを探してみてください」に、戻る。(この言葉と全く同じ意味のことばが、類君のお母さんの言葉の中にもありました)
できるところをめいっぱい伸ばして、苦手なことは少しずつ進めたらいいのでは。できない事のフォローはできる事で補完できる場合が多いのです。

自分と子どもとの違いを認めるにはどうすればいいか、ヒントがたくさん詰まった本ですので、子どものことを、そして自分のことを知りたいひとにぜひ読んでほしいなと思いました。

余談ですが…

その先週の勉強会から夜遅く帰宅したら(泊まりで夫婦ででかけていた)家の中がものすごくきれいに掃除されていた。
誰がやったかはわかる、三男以外にいない。
私「なんで掃除したん、友達でも来た?」
三男「友達来てないし、なんでぼくがやったと思うん、次男ちゃんかもしれへんやん」
私「いや、あんたしかおらん、次男ちゃんに聞いてもあんたがやったというはずや」
その後もかたくなに自分がやったとは、認めなかったものの、その深夜、まだ起きていた三男に聞いた
私「いつ掃除したの」
三男「だいたい24時間前や」(おっ認めた)
私「なんで夜中に急に片づけようとおもったん?」
三男「いやー夜にな、机の上が街になっててな」(たぶん机の上に空いたペットボトルとか牛乳パックが乱立しているときに私が「このビル群をなんとかしろ」と言ってたから、兄弟だけで食事をした夕食の皿やら、お茶を飲んだ後のペットボトルがいっぱい残っていたのをそう表現したと思われる)
私「それで片づけたくなったん」
三男「まあそんな感じ」
掃除は1階全部されてた。机の上が街になってるのをきっかけに全部やったのか。
私「掃除機もかけたんや」
三男「えーーーかけるわけないやん、よく考えて、24時間前やで」
私「あ…夜中にかけたらあかんな」
三男「だからクイックルワイパーでやったで、廊下においてるやつで」

いろいろうまくいかない事がいっぱいで、悩みの種だった三男だけど、私よりも掃除が上手。

掃除してくれてありがとう。

わたしも、自分を知る道の、わが子を知る道の真っ最中。